給食の時間になると、決まって胃のあたりが重くなる子どもだった。
減らしてもらっても、机の上のピーマンは最後まで消えなかった。
好き嫌いをなくす方法は、世の中にいろいろあるらしい。
けれどもし「苦手な食べ物そのものが存在しない世界」を選べるとしたら——。
そんな都合のいい話が、もしもボックスにお願いするだけで叶うとしたら、どうだろうか。
── これはフィクションのシミュレーションです。
実在の技術・人物・団体とは関係ありません。
でも、起きなかった理由を、誰も説明できない。──
もしもボックスに託した、給食への小さな願い
小学三年生のわたしにとって、給食の時間はいちばん緊張する時間だった。
チャイムが鳴った瞬間から、頭の中はピーマンのことでいっぱいになる。
今日の献立に入っているかどうか、配膳台をのぞきこんで確認するのが日課だった。
入っていた日は、それだけで午後の授業まで気分が沈んだ。
友達が楽しそうにおかわりの列に並ぶ横で、わたしは自分のトレーとにらめっこをしていた。
そんなある日、押し入れの奥から見つけたのが、もしもボックスだった。
使い方は簡単で、電話のように話しかけるだけでいい。
「もしも、苦手な食べ物が存在しない世界だったら」。
半分冗談のつもりで、そうつぶやいてみた。
特別な音も光もなく、ボックスはただ静かにそこにあった。
正直なところ、本当に何か変わるとは思っていなかった。
ただ、明日の献立表にピーマン炒めの文字を見つけてしまった気まずさを、少しでも忘れたかっただけだ。
その夜は、いつもより早く布団に入った。
翌朝のことなんて、正直よく覚えていない。
ただ、その日から、わたしの給食の時間は少しずつ変わっていった。

Image conceptualized by AI based on IF-Science Lab Simulation
パラレルワールドへ変化?配膳台に並ぶ好きな食べ物
次の日の給食は、いつもと同じメニュー表のはずだった。
けれど配膳台に並んだお皿を見て、思わず二度見してしまった。
本来なら入っているはずのピーマンが、なぜかどこにも見当たらない。
代わりに彩られていたのは、コーンとにんじんの甘い炒めもの。
どちらもわたしの好物だった。
不思議に思いながらも、その日は迷わずおかわりに並んだ。
翌週になっても、その状態は続いた。
にんじんの煮物も、ピーマンの肉詰めも、気づけば献立から静かに姿を消していた。
先生に理由を聞いても「新しい献立表になったのよ」と、あっさりした答えが返ってくるだけだった。
それ以上、誰も深く気にする様子はなかった。
「もしもボックス」とは何か
もしもボックスとは、「もしも〜だったら」と願いを口にするだけで、その通りの世界に現実を書き換えてしまう道具だ。
書き換えられるのは目の前の一部分だけでなく、その願いに関わるあらゆる出来事や記憶にまで及ぶ場合がある。
本人が意識していない範囲まで静かに調整されてしまうところが、この道具のいちばんの特徴だった。
わたしの場合は「苦手な食べ物が存在しない世界」を願っただけのつもりだった。
けれどその願いは、給食を作る人たちの献立の選び方にまで、そっと影響していたのかもしれない。
誰よりも早く完食する自分に、気づいた放課後
気づけば、給食の時間はわたしにとって、いちばん気楽な時間になっていた。
残す気まずさも、我慢して飲み込む苦しさも、もうどこにもなかった。
むしろ、クラスの中で誰よりも早く食べ終えるようになっていた。
「早いね」と友達に言われるたび、少し誇らしい気持ちになった。
もしあなたにも、給食のたびに時計とにらめっこしていた記憶があるなら、この解放感はきっと想像しやすいはずだ。
先生からも「よく食べるようになったね」と褒められることが増えた。
その一言が、じんわりと嬉しかった。
食べ終わったあとの余った時間で、友達とおしゃべりする余裕まで生まれた。
それまでは、食べることに必死で、会話に入る余裕なんてほとんどなかったのに。
教室の空気そのものが、以前より少しだけ甘やかに、ぬるく感じられるようになっていった。
摩擦のない、なめらかな毎日。
それは、わたしがずっと欲しかったものだったはずだ。
「昔は嫌いなものもあったよね」に、誰も頷かなかった日
それから数ヶ月がたった、ある昼休みのことだった。
ふと思い出して、隣の席の子に話しかけてみた。
「そういえば前は、給食に苦手なものもあったよね」。
軽い雑談のつもりだった。
けれど返ってきたのは、きょとんとした顔だった。
「え、そうだっけ。ずっと今の給食じゃなかった?」。
他の友達に聞いても、答えは似たようなものだった。
誰の記憶の中にも、ピーマンと格闘した給食の時間は残っていないようだった。
わたしだけが、あの重たい胃の感覚を、まだ体のどこかで覚えていた。
楽しかったはずの給食の時間なのに、その日はなぜか、心のどこかがすっとひんやりした。

Image conceptualized by AI based on IF-Science Lab Simulation
もしもボックスが引き起こすパラレルワールドの違和感
好き嫌いの克服は、実際の教育現場でも長らくテーマにされてきた。
少しずつ食べられるものを増やす経験は、自信や達成感につながるとも言われている。
もしもボックスが与えてくれたのは、その過程を丸ごと省略した「結果だけの快適さ」だった。
苦手なものと向き合う時間も、それを乗り越えたときの小さな達成感も、最初からなかったことになっていた。
快適さの代わりに何かを差し出していたとしても、それに気づく人は誰もいない。
克服する機会そのものが、静かに存在しなかったことにされていたのだから。
あの日の違和感だけが、今もわたしの中に、小さな棘のように残っている。
この「もしもボックス」という道具の正体、その全貌を知りたい方はこちらへ。
もしもボックスが解決した「日常の困りごと」は、給食だけではない。
【免責事項】
本記事はIF-Science Labによるフィクションの社会シミュレーションです。
実在の技術・制度・団体・人物とは一切関係ありません。
記事内のシナリオ・数値・固有名詞はすべて架空のものです。
特定の立場・思想を推奨するものではありません。

コメント