就職や転職の面接で、奇妙な質問が増えている。「もしも箱は利用されていますか」。
かつて存在しなかったはずのその一文が、いまでは履歴書の項目にまで、当たり前のように紛れこみはじめている。
求人サイトの調査でも、この一年でその割合は着実に増えているという。資格や経験と同じように、道具の利用歴が問われる時代が、静かに始まっている。
── これはフィクションのシミュレーションです。
実在の技術・人物・団体とは関係ありません。
でも、起きなかった理由を、誰も説明できない。──
もしも箱の利用歴が、面接の定番質問になった理由

ある求人サイトの調査によれば、面接で「もしも箱の利用歴」を尋ねる企業の割合は、この一年でおよそ三倍に増えたという。
理由を尋ねられた採用担当者の答えは、驚くほど揃っている。「業務効率化への適応力を見ている」「柔軟性の指標になる」という声だ。
もしも箱とは、望んだ場面をそのまま書きかえてしまう、あの道具のことをいう。使えば仕事の段取りも資料の作成も、圧倒的な速さで片づいてしまう。
だからこそ、それを使わない人間がどんな理由を持っているのか、企業側は純粋な関心として尋ねているにすぎない――という建前が、いまの空気を支えている。
調査を担当した部署のコメントも、驚くほど穏やかだ。「差別的な意図はまったくない。単に、業務適応力を測るうえで参考になる項目のひとつ、という位置づけだ」。
この説明に反論する声は、いまのところほとんど報じられていない。むしろ「聞いてもらえるほうが、かえって説明しやすい」という求職者側の声さえ、一部では紹介されている。
もしも箱の利用歴という、数年前までは存在すらしなかった項目が、いつのまにか採用基準の一角に、静かに、しかし確実に組みこまれつつある。
背景:もしも箱の利用歴を聞かれるのが当たり前になった理由
もしも箱が生まれてから、まだそれほど長い時間は経っていない。それなのに、利用歴を尋ねられることが、こんなにも自然になったのはなぜか。
答えは単純で、便利さが便利さを呼ぶ速度が、想像より早かったからだ。使う人が増えれば、使わない人の作業速度だけが、相対的に目立つようになる。
目立てば理由を尋ねられ、尋ねられれば答えを用意する側にまわる。この循環が、わずか数年のうちに、面接という制度の中に定着してしまった。
もしも箱とは何か
もしも箱(もしもばこ)とは、望んだ場面を実際に書きかえてしまう道具のことをいう。あらためて説明する必要すら、もうなくなりつつある。
かつては物珍しさの象徴だった道具が、いまでは空気のように、生活の前提そのものへと溶けこんでしまったからだ。
導入当初、この道具について交わされていたはずの議論も、いまとなってはほとんど話題にのぼらない。誰かが疑問を口にした記憶があったとしても、それがいつ、どんな形で消えていったのかを、正確に思い出せる人は少ない。

利用歴の記載が、履歴書のフォーマットに広がった経緯

続報として伝えられているのは、大手求人サービスが「もしも箱利用歴」の入力欄を、履歴書テンプレートに標準搭載しはじめたという話だ。
任意項目という扱いだが、空欄のまま提出する人はまだ少ない。採用担当者の一人は、こう説明している。「聞かないほうが、いまはむしろ不自然になってきた」。
かつては個人の自由だったはずの選択が、いつのまにか、選ばなかった理由を説明する側にまわっている。この流れそのものを、疑問視する声は、いまのところほとんど聞かれない。
教育の現場でも、似たような動きが静かに広がっているという報道もある。就職支援の担当者が、学生に向けて「利用歴について、簡潔に答えられるよう準備しておくように」と助言する場面すら、いまでは珍しくないそうだ。
数年前であれば違和感を持たれたはずのその助言も、いまではごく事務的な、履歴書の書き方指導の一部として、粛々と受け止められている。就職を控えた学生たちの間でも、この項目への対策は、すでに当たり前の準備のひとつになりつつあるという。
面接室で交わされる、静かなやりとり
面接官は、履歴書から視線を上げずに尋ねた。「もしも箱は、利用されていますか」。声の調子は、志望動機を尋ねたときと、まったく変わらない。
彼女は一瞬、言葉に迷った。「まだ、検討中です」。用意しておいた答えを、思ったより自然に口にできたことに、自分でも少し驚いた。
面接官はうなずき、次の質問に移った。それだけだった。責められたわけでも、否定されたわけでもない。
ただ、説明する側に立たされたという感覚だけが、静かに胸の奥に残った。もし自分がこの椅子に座っていたら、同じ答えを、同じ速さで用意できるだろうか。
面接室の空調は、少し効きすぎているくらいだった。冷たい空気が、うなじのあたりをかすかに撫でていく。その温度だけが、やけにはっきりと感じられた。
面接室を出たあとに残るもの
エレベーターを待つ間、彼女はさっきのやりとりを、何度も頭の中で反すうした。輪郭が溶けていくような、現実感の希薄な感覚が、足元からゆっくり這い上がってくる。
まるで無重力の中に立っているみたいに、地に足がついていない。悪いことは、何も起きていない。面接官は淡々と職務をこなしただけだし、自分も普通に受け答えをしただけだ。
それなのに、説明する側に回っていたという事実だけが、真空のように色を持たない記憶として、頭の奥にいつまでも残り続けた。
帰りの電車の窓に、自分の顔がぼんやりと映っていた。輪郭がにじんで、いつもより頼りなく見える。数年前は、こんな質問をされること自体、想像もしていなかったはずなのに。
この場面が示すもの
現実の採用の現場でも、資格や経験を持たない人が、その理由を尋ねられる場面はすでにある。もしも箱の利用歴が質問される未来は、その延長線上にあるだけなのかもしれない。
ただ、この道具が特別なのは、使わない自由そのものが、静かに前提から外れていく点にある。誰も「使うべきだ」とは言わない。ただ、使わない理由だけが、いつも求められる。
面接室を出た彼女は、もう一度スマートフォンを取り出し、もしも箱の利用登録ページを、少しだけ長く見つめていた。開くつもりはない。
ただ見つめる時間だけが、これまでより少しだけ長くなっていた。彼女はふと、自分が何を選ばなかったのかより、自分が何になりつつあるのかを、まだ知らないことに気づいた。
この面接の場面は、「もしも箱」という道具が生んだ、ある一つの”if”にすぎない。この道具がどんな経緯で生まれ、どんな仕組みで世界を書きかえているのか。その全体像は、図録にまとめている。
もしも箱が、社会の中でどのように前提化していったのかは、こちらの記事でも描かれている。
【免責事項】
本記事はIF-Science Labによるフィクションの社会シミュレーションです。
実在の技術・制度・団体・人物とは一切関係ありません。
記事内のシナリオ・数値・固有名詞はすべて架空のものです。
特定の立場・思想を推奨するものではありません。

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